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東京地方裁判所 昭和37年(行)102号 判決

原告 岡林清英

被告 国

訴訟代理人 片山邦宏 外三名

主文

被告は原告に対し金一〇万円及びこれに対する昭和三七年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める判決

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、1、原告は、大正一一年五月会計検査院に就職、引続き在職した後、昭和二三年一一月二七日同院を退職し(以下、第一次退職という。)、即日衆議院に就職、同院の常任委員会専門員(以下、専門員という。)として、昭和三七年三月三一日勧奨により退職(以下、第二次退職という。)するまで引続いて在職した公務員である。

2、原告は右のとおり国家公務員として三九年一一箇月在職し勧奨により退職したのであるから、原告の退職手当は国家公務員等退職手当法(以下、退職手当法という。)第五、第六及び第七条に従い、第二次退職当時の給与月額金一〇万九六〇〇円に基いて算出すると、金六五七万六〇〇〇円となる。

3、しかるに原告は第二次退職の際、衆議院から退職手当として金三一八万三八八〇円(以下、第二次退職手当という。)の支給を受けたに過ぎないから、被告に対しその差額金三三九万二一二〇円の支払を求める権利がある。よつて内金一〇万円及びこれに対する第二次退職の翌日である昭和三七年四月一日以降完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、第二次退職手当支給に至る経緯と衆議院当局の見解

会計検査院は、原告の第一次退職当時施行されていた「国家公務員法の規定が適用されるまでの官吏の任免等に関する法律」(昭和二二、一〇、二一、法律第一二一号、以下、「任免等に関する法律」という。)により従前の例とされている退官退職手当支給要綱(昭和二三、三、二九閣議決定、昭和二一年七月一日から施行、以下、支給要綱という。)に基き定められた退官退職手当支給準則(昭和二二、三、二九、大蔵省給与局通牒給四七五号昭和二一年七月一日から施行、以下、支給準則という。)第一条第一項、第二条により退職手当名義で金一五万九六〇〇円(以下、第一次退職手当という。)を原告に支給した。ところが、原告は前記のとおり第一次退職の日に衆議院に就職し、昭和三七年三月三一日第二次退職をした。そこで、衆議院は次のような法律的見解の下に、原告が昭和二八年八月一日から適用された退職手当法附則(以下、法附則という。)第一〇項、同法施行令附則(以下、令附則という。)第一四、第一五項に該当するものとして、令附則第一六項により算出した第二次退職手当を支給した。すなわち、

『(一) 原告は昭和二八年七月三一日現在衆議院に在職する職員である。

(法附則第一〇項「昭和二八年七月三一日に現に在職する職員」に該当する。)

(二) 原告は同日以前において会計検査院の職員として引続き在職した後、前記のように会計検査院から退職手当名義の金員(第一次退職手当)の支給を受けて退職し(第一次退職)、その日に再び衆議院の職員となり、引続いて第二次退職まで在職した。(法附則第一〇項「先に職員として在職した後、退職手当((これに相当する給与を含む))の支給を受けて政令で定める退職をなし、かつ再び職員となつたことがあるもので、政令で定める要件をみたすものが退職した場合」、令附則第一四項「法附則第一〇項に規定する政令で定める退職((以下「特殊退職」という))は、職員が退職し、かつ、退職の日又はその翌日に再び職員となる場合における当該退職……(略)……とする。」(以下、この退職を「中途退職」という。)、同第一五項「法附則第一〇項の適用を受けることができる者は、同項の規定による退職手当に係る退職をした日までの職員として引続いた在職期間中において、職員として在職した後、法の規定による退職手当に相当する給与の支給を受けて特殊退職をしたことがある者に限るものとする。」に、それぞれ該当する。)』

三、衆議院の見解の誤り(第一次退職金支給の違法と法附則第一〇項の解釈)

しかしながら、法附則第一〇項にいう退職手当「(これに相当する給与を含む。)」(以下、退職手当という。)とは、法令の規定により適法に支給されたものを指すものと解すべきであるところ(令附則第一五項参照)、原告に対する第一次退職手当の支給は法令の規定に基くものといえないから、衆議院の右見解は誤つている。

詳言すれば、原告の第一次退職当時退職手当に関する法令として効力を有していた支給要綱に基く支給準則第一条第二項には「退官、退職手当は職員がその資格又は勤務庁を変更した場合であつても、引続き在職(退職の日又はその翌日再就職した場合を含む。)するときは、これを支給しない。但し、官吏、官吏の待遇を受ける者又は常勤の臨時職員が非常勤の臨時職員、雇員、傭人又は工員となつた場合は、その際これを支給する。」旨規定されているから、会計検査院は同項本文により原告に退職手当を支給することができなかつたのである。従つて、第一次退職手当の支給は、法令の規定に基くものとはいえない(右規定は、「政府職員に対する退職手当停止に関する政令」により、支給要綱及び支給準則による退職手当の支給が停止された昭和二四年五月一一日以降においても、国家公務員等退職手当暫定措置法((同法第二条第二項は、右規定と同旨の内容を定めている))の遡及適用された日((昭和二八年八月一日))の直前まで適用があつたものと解される。従つて結局、衆議院の見解のように、昭和二八年七月三一日現在において職員として在職した者で、それ以前に中途退職をなし、その際適法に退職手当の支給を受けた者は支給準則の適用日である昭和二一年七月一日以降の退職者については法令上存在し得ないことになるのである。)。

四、第二次退職金算定の正当な準拠法令

以上のとおり、第一次退職手当の支給は、法令の規定によるものということはできないから、原告に対し法附則第一〇項及び令附則第一四ないし第一六項を適用することはできない。しかして勤続期間については、法附則第四項により従前の例によるべきところ、原告の第一次退職当時、支給準則第一条第二項本文に対応し、国会職員法(昭和二七年法律第二四六号による改正以前のもの。以下同じ)第八条「官吏としての在職年は、両院議長が協議して定める規程により、これを国会職員としての在職年とみなす。」との規定に基き昭和二三年七月五日から施行されている「官吏としての在職年を国会職員としての在職年とみなすことに関する規程」(昭和二三、八、二七両院議長協議決定、以下、協議決定という。)第三条が「官吏及び官吏待遇者としての在職年は、官吏から引続き国会職員にその身分を転じた者に対する退職手当の支給については、これを国会職員としての在職年とみなす。」旨規定し、新旧両庁の在職期間の通算を定めた。従つて、原告は右規定により会計検査院及び衆議院における在職期間を通算した三九年一一月を基礎として、退職手当法第五、第六及び第七条により算出した前記一記載の退職手当を請求する権利がある。

第三、被告の答弁及び主張

一、答弁

請求原因一の1の事実は認める。同2の事実のうち、原告が国家公務員として三九年一一箇月在職し、勧奨により退職したこと、第二次退職当時の原告の給与月額が金一〇万九、六〇〇円であることは認めるが、その余は否認する。同3の事実のうち、原告が衆議院から第二次退職手当として金三一八万三八八〇円の支給を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。同二の事実は認める。同三ないし五の主張は以下述べる「被告の主張」にていしよくする限度において争う。

二、被告の主張

1、法附則第一〇項は昭和三六年法律第一五一号により追加されたものであるが、それ以前は、在職中一旦退職(中途退職)して勤務庁を変更した後退職(最終退職)する公務員が、中途退職の際退職手当の支給を受けているといないとにより、前者の場合は新勤務庁の在職期間のみが最終退職時の退職手当算定の基礎とされ、後者の場合は新旧両勤務庁を通算した在職期間がその基礎とされていた。そのため、勤続年限に応じて退職手当額が逓増する建前をとつている退職手当法の下では、最終退職時の退職手当は後者の場合が前者の場合に比べてはるかに有利となる結果を生じた。そこでかかる不均衡を是正するため、法附則一〇項(これに伴い令附則第一四ないし第一六項)が追加されたものである。このような立法趣旨に照らせば、中途退職(原告の第一次退職)の際支給された退職手当はそれが違法であると否とを問わず「法の規定による退職手当に相当する給与」に該当するものと解するのが相当である。また、このことは令附則第一六項の文理からもうかゞえる。すなわち、原告主張のとおり支給準則に違反して支給された退職手当が「法の規定による退職手当に相当する給与」にあたらないとすれば、昭和二一年七月一日以後に退職して引続き職員となつた者には法附則第一〇項を適用する余地がないはずであるのに、令附則第一六項第二号は同日以後に退職して引続き職員となつた者でも法附則第一〇項の適用があることを前提としている。

それ故、原告の「第一次退職における退職手当金支給が違法であるから法附則第一〇項の適用がない」旨の主張は理由がない。

2、仮りに、法附則第一〇項の適用は第一次退職手当金支給が適法なときにかぎるとしても、原告の場合には支給準則第一条第二項本文の適用はなく、従つて、第一次退職手当の支給は適法である。すなわち、

(一) 支給準則第一条第二項本文の適用があるのは、同第一条第一項に規定する職員が一旦退職し引続き同項の職員、すなわち、官吏、官吏の待遇を受ける者(以下、官吏待遇者という。)、昭和二三年政令第五六号による臨時職員、雇員、傭人又は工員として在職した場合に限られる。原告が再就職した立法府の職員(国会職員)である専門員が、右にいう臨時職員、雇員、傭人又は工員に該当しないことは明らかであるが、官吏又は官吏待遇者にも該当しないと解すべきである。日本国憲法下では、立法府と行政府とは明確に区別され、内閣は国会職員の人事行政には一切関与しない建前であつて、(憲法第五八条第一項、国会法第二七条第二項)憲法第七三条第四号にいう「官吏」とは行政府の職員(政府職員)を指し、その中には国会職員は包含されてないものと解されている。

また国会職員法第七及び第八条にいう「官吏」の中に国会職員を含まないことも、文理上明らかであり、更に、「任免等に関する法律」も「官吏その他の政府職員」という表現を用い、官吏が政府職員の一部であることを当然の前提としている。これらのことを総合すると、「官吏」とは政府職員のうち、一級官吏、二級官吏のように官を有する者をいい、「官吏待遇者」とは行政府の職員のうち官を有しないで官吏に準じた待遇を受ける者をいうのであつて、国会職員は「官吏又は官吏待遇者」に該当しないと解するのが相当である。従つて会計検査院を退職し、国会職員である専門員に就職した原告には、支給準則第一条第二項の本文の適用はない。また協議決定第三条も支給準則の右規定の適用を根拠ずけるものではない。

協議決定第三条にいう「身分を転じた」とは、公務員としての地位の中断を伴うことなく、「出向」のように単に身分が官吏から国会職員に変つた場合を指すのであつて、原告のように官吏を一旦退職し再び国会職員に就職した場合には公務員としての地位に中断があるから、協議決定第三条は適用されないのである。

(二) 仮りに、右主張が理由がないとしても、国会職員法第七条によれば、事務総長、専門員、法制局長、図書館長、同副館長(以下、特別の国会職員という。)を除く国会職員(以下、一般の国会職員という。)と官吏は、相互にそれぞれの資格に応じて同等の条件をもつて身分を転ずることができるとされているが、専門員ら特別の国会職員については、右のような同等の条件による転職を認める規定はない。また、協議決定は国会職員法第八条に基くものであるが、同条は前記同法第七条に照応して設けられたものであるから、協議決定の予想しているのは、官吏を中途退職し一般の国会職員に再就職した場合に限定されるものといわなければならない。従つて、原告のように官吏から特別の国会職員である専門員に就職した場合には、国会職員法第八条、協議決定第三条の適用はない。このように専門員が転職について一般の国会職員と異つた取扱いを受け、一方協議決定が官吏を中途退職し一般の国会職員に再就職した場合を予想していることに照らすと、支給準則第一条第二項本文は官吏を中途退職し、引続き一般の国会職員に再就職する場合にのみ適用され、原告のように特別の国会職員である専門員に再就職した場合には適用されないものと解すべきである。

以上いずれかの理由によつて、原告が第一次退職手当の支給を受けたことはなんら違法ではない。

3、仮りに、原告に対する第一次退職手当の支給が違法であるとしても、右支給に重大、明白な瑕疵はないから、右支給は無効とはいえない。すなわち、右支給は退職者でない者に退職手当を支給したのとは異り、原告の第一次退職はまぎれもない事実であり、引続いて衆議院に再就職したことによつて、第一次退職の事実が消滅するものではないから、第一次退職の事実に着目して退職手当を支給した行為に重大な瑕疵があるとはいえない。また、原告のように、官吏を中途退職し、専門員に就職した場合に支給準則第一条第二項本文の適用がないと解釈したことは前記のとおり相当の根拠があるから、その解釈に誤りがあるとしても、その瑕疵は明白ではない。従つて第一次退職手当の支給は違法であつても有効であるから、右支給をもつて法令の規定による退職手当といつて妨げない。

以上1ないし3記載のとおりであるから、原告の本訴請求は失当である。

第四、原告の反論

一、(前記第三の二の1の主張について)昭和二一年七月一日以後の退職者で、令附則第一六項第二号により法附則第一〇項の適用を受ける者としては、令附則第四項各号等の特殊事情のため第一次退職の翌々日以後に再就職した者がある(これらの者は、支給準則によれば第一次退職時に退職手当を支給される結果、最終退職の退職手当算定につき不利益を受けるが、前示特殊事情に鑑み、法附則第一〇項を適用してこれを救済したものにほかならない。)。それ故令附則第一六項第二号が昭和二一年七月一日以後における第二次退職者の退職手当に触れているからといつて当然原告の如き同日以後の中途退職者に法附則第一〇項の適用を予定しているものと解すべきではない。

二、1、(前記第三の二の2の(一)の主張について)支給要綱は等しく国家機関に勤務する職員の給与(退職手当を含む)は一様たるべしとの理論の下に閣議決定されたもので、そこにいう官庁職員とは立法、司法、行政の三機関の職員を指すことは明白であり、支給準則にいう「官吏又は官吏待遇者」の中から国会職員を除外する根拠はない。

2、(同(二)の主張について) 国会職員法第七条末尾の「国会職員」には、なんらの限定も附されていないから、すべての国会職員を指し、従つて、専門員もこれに包含されると解すべきである。仮りに、同条を被告主張のとおり解するとしても、同法第八条には、「前条の場合において」などの制限的字句がないから、同条を被告主張のように解することはできず、同条は官吏から専門員に転職した場合を含むものと解すべきである。条理上も、官吏から専門員に転職する場合に限り、一般の国会職員に転職する場合と取扱いを異にして、官吏在職年通算の恩典を与えない理由はない。

三、(同3の主張について)原告に対し支給準則第一条第二項本文が適用されないと解することが誤りであることは既に述べたとおりであるから、かかる誤つた法解釈によりなされた第一次退職金の支給には重大、明白な瑕疵がある。

理由

一  請求原因一の1の事実は当事者間に争いがない。本件の主たる争点の第二次退職手当の算出にあたり、退職手当法第五、第六及び第七条によるべきか、法附則第一〇項及び令附則第一四ないし第一六項によるべきかということに帰着する。

二  法附則第一〇項の立法趣旨が、中途退職した国家公務員において中途退職の際退職手当の支給を受けたと否とによつて生ずる最終退職の際の退職手当額の不均衡を是正することにあることは、被告主張(前記第三「被告の答弁及び主張」の二の3)のとおりであるが、同項を適用するための要件は、令附則第一四及び第一五項を総合すると次のとおりである。

(イ)  昭和二八年七月三一日現に在職する職員(退職手当法第二条第二項)であること。

(ロ)  右職員が同日以前に退職し、その退職の日又は翌日に再び職員となつたこと(中途退職者)。

(ハ)  右中途退職の日まで引続いて職員として在職した後、退職手当又はこれに相当する給与を受けて中途退職したたこと。

三  ところで、本件についてこれを見るに、原告が右(イ)及び(ロ)の要件をみたすことについては、前記当事者間に争いのない事実から明らかである。また、原告が中途退職、すなわち第一次退職のときまで引続いて職員、すなわち会計検査院常勤者として在職した後、同退職の際退職手当名義で金一五万九、六〇〇円(第一次退職手当)の支給を受けたことも当事者間に争いのないところであるから、一見(ハ)の要件にも該当するように見えるが、この点につき、原告は、「右第一次退職手当の支給は支給準則第一条第二項本文に違反するから違法であり、かかる場合には(ハ)の要件に該当しない。」旨主張するのに対し、被告は「法附則第一〇項の立法趣旨に照らし、中途退職の際支給された退職手当が適法に支給されたものか否かを問わない。」旨主張する。

思うに、法附則第一〇項の立法趣旨は、中途退職者が適法に退職手当の支給を受けたため、かえつて最終退職の際新旧両庁の在職期間が通算されず、不均衡な取扱いを受けることを是正するにあるのであつて、国が誤つて退職手当を支給した場合までも同項を適用して処理すべきではなく、かかる場合は、後記のとおり(三の1及び別紙参照)昭和二八年七月三一日以前に確立されている新旧両庁の在職期間通算の原則(支給準則第八条第二号、協議決定第三条)にたちかえつて退職手当を算出すべきものと解するのが相当である。けだし、このように解しなければ、中途退職者は国の過誤により不当に新旧両庁在職期間通算の利益を奪われるに至るからである。中途退職者が中途退職時任意に退職手当を受領した一事だけでは、右通算の利益を放棄したものと推断するに足りない。もつとも、支給準則は昭和二一年七月一日から施行され(その後、別紙記載二のように昭和二四年五月一一日以降政府職員に対する退職手当支給は一時停止されたが、次いで昭和二四年政令二六四号により遡及復活した。)、その第一条第二項本文の「中途退職者に退職手当を支給しない」旨の規定内容は、やがてこれに代つた別紙記載五の「国家公務員等退職手当暫定措置法第二条第二項」、「国家公務員等退職手当法第八条第二項」に順次引継がれた関係にあるから、昭和二一年七月一日以後の中途退職者で適法に退職手当を受ける者はあり得ず、従つて、同日以後の中途退職者に法附則第一〇項を適用する余地はない筈である。ところが、令附則第一六項第二号は、昭和二一年七月一日以後第一次退職した者にも法附則第一〇項の適用があることを当然の前提としてその退職手当金計算の方法を規定しており、被告はこれを以て、「法附則第一〇項は第一次退職手当が違法に(支給準則第一条第二項本文に違反して)支給された場合にも法附則第一〇項を適用すべききもの」と解する根拠としているけれども前記令附則第一六項第二号の想定しているのは昭和二一年七月一日以降の第一次退職における退職手当の支給が例外的に適法な場合(例えば、他庁職員となるため退職したが受入官庁側の手続遅延のため退職日の翌々日以後に再就職したため((右退職も同令にいわゆる「特殊退職」となる。令附則第一四項、第四項第一号))、支給準則第一条第二項本文が適用されず、第一条第一項により右退職の際退職手当の支給を受けた場合)を対象としたものであつて、退職手当の支給が違法な場合をも予想したものではないと解するのが相当である。従つて令附則第一六項第二号は被告の主張を裏付けるものではない。

四  次に、被告は、仮りに法附則第一〇項の正当な解釈が原告主張のとおりであるとしても、本件第一次退職手当金支給は、適法有効であるから、原告の第二次退職手当金算出は結局法附則第一〇項によるべきことになるのであつて、衆議院のとつた処置は正当であつたと争うので、以下右支給が適法有効か否かを検討する。

1  (退職手当法令の変遷)

(一)  (昭和二一年七月一日から昭和二二年五月二日まで)政府は官庁職員の給与体系整備を目的として昭和二一年七月一日から実施された官庁給与制度改正に伴い、従前各官庁において区々の運用をしていた職員(立法、司法、行政のいずれの機関に勤務するとを問わず)の退職手当の取扱いを統一するため、閣議決定により支給要綱を定め、これに基き大蔵省給与局は支給準則を制定した。従つて、右期間においては、すべての官庁職員(国家公務員)の退職手当は支給要綱及び支給準則によることになつた。

(二)  (昭和二二年五月三日から同年末まで)昭和二二年五月三日から日本国憲法が施行され、同法第七三条第四号の趣旨にそい、国家公務員の退職手当についても、法律の制定が必要とされた。そこで、

(1) 行政府に勤務する職員(政府職員)(裁判所関係の職員については、本件においてはすべて除外する。)の退職手当については、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」(昭和二二、四、一八法律第七二号。以下「命令の規定の効力等に関する法律」という。)により、同年末まで支給要綱に基く支給準則が法律と同一の効力を有するものとされた(もつとも、支給要綱及び支給準則が果して同法にいう「命令」にあたるかどうかは必ずしも疑問なしとしない。しかし、(イ)旧憲法下における支給要綱及び支給準則の制定公布が法則の性質を有する閣令省令等の方式に従つてなされなかつたのは、もつぱら、政府との間に特別権力関係の存する官吏に支給すべき退職手当金に関しては、あえてこのような方式によるまでもなく、いわゆる行政命令によつてこれを定めることができるという見解にいでたものと推測できること、(ロ)その後、現行憲法施行の結果、この種の給与に関する定めもまた法律を以て定むべきこととなつたが(憲法第七三条第四号参照)、憲法施行と共に政府職員につきかかる法律は制定せられず(国会職員については後記(2)参照)、却つて前記「命令の規定の効力等に関する法律」所定の期限である昭和二二年一二月三一日が満了するや、翌二三年一月一日から「官吏の任免等に関する法律」を施行し、「官吏その他政府職員の(中略)手当その他給与に関する事項については、その官職について国家公務員法の規定が適用されるまでの間、従前の例による。」と定めたこと(その後、昭和二四年政令第二六四号、昭和二五年政令第七九号、昭和二五年法律第一四二号、昭和二八年法律第一二八号による各中間措置を経て、遂に「国家公務員等退職手当法」(昭和三四年法律第一六四号)の制定を見るに至つたことについては別紙記載の一ないし五参照)、(ハ)昭和二二年五月八日給発第五六四号、同二二年五月二一日給発第五九六号等が支給準則に基く退職手当金の支給を前提として支給の金額、範囲等を定めていること、等を総合すれば、前記「命令の規定の効力等に関する法律」にいう「命令」とは、必ずしも法規の性質を有する命令に限らず、本件支給準則の如き、新憲法においては法律を以てすべき事項につき旧憲法下において発せられた行政命令をも含む趣旨であつたと解するのが相当である。)。

(2) 国会職員の給与については、昭和二二年五月三日から施行された国会職員法第二五条第三項「国会職員の給料手当その他の給与に関する規程は両議院運営委員会の合同審査会に諮り両院の議長がこれを定める。」の規定により、同日以後政府職員とは別体系となつたが、退職手当については、同日から施行された国会職員法第二五条第三項に基く「国会職員給与規程」(昭和二二、一〇、一六両院議長決定)第六条「国会職員には給料の外左に掲げる給与を支給する。」第九号「退職手当。」第七条「……(前略)……退職手当は政府職員の例によりこれを支給する。」との規定により、結局、支給要綱及び支給準則に準拠することとされた。

(三)  (昭和二三年一月一日から昭和二四年五月一〇日まで)

(1) 政府職員の退職手当については、昭和二三年一月一日から施行された「任免等に関する法律」第一条「官吏その他政府職員の……(中略)……俸給その他給与に関する事項……(中略)……については、その官職について国家公務員法の規定が適用されるまでの間、従前の例による。」との規定により、従前の例である(「政府職員に対する退職手当停止に関する政令」((昭和二四、五、一六ポツダム政令第九五号))第二項第一号参照)支給要綱及び支給準則が引続いて効力を有するものとされた。

(2) 国会職員のうち専門員の退職手当については、国会職員給与規程第六条第八号(前記第六条第九号に同じ)、第七条「……(前略)……常任委員会専門員の退職手当は議長が議院運営委員会に諮りこれを定める。」(昭和二三年八月一七日改正、同年一月一日から施行)の規定に基く「常任委員会専門員の退職手当に関する件」(昭和二三、八、一七議長決定、同年一月一日から施行)により、従前同様、政府職員の例、すなわち支給要綱及び支給準則によることとされた。

(3) 国家公務員法は昭和二三年七月一日から施行されたが、同法には退職手当に関する規定が無かつたから、同日以後も前記ポツダム政令第九五号が適用されるまで(適用日昭和二四年五月一一日)、政府及び国会職員(専門員)の退職手当は支給要綱及び支給準則によることとなつた。また、昭和二三年七月五日から原告主張のとおり(第二請求原因の四参照)国会職員法第八条に基く協議決定第三条の規定により、支給準則第八条第二号(「勤続期間は、右の方法によつてこれを計算する。二、職員の引続いた期間はこれを通算するる。」)同様、国会職員(専門員)に就職した中途退職者についても新旧両庁の在職期間の通算を定めた。

2  原告の第一次退職は前記1の(三)の時期にあたり、当時政府職員であつた原告は、退職手当に関し支給要綱及び支給準則の適用を受けることになる。しかして、現行憲法施行後、前記のとおり政府職員と国会職員との給与が別体系とされている以上、支給準則第一条第二項本文にいう「勤務庁を変更した場合」とは、本来、同一機関、すなわち政府職員相互間又は国会職員相互間の転職(「出向」、「中途退職による再就職」など)を予想するものと解せられるが、本件の原告のように、政府職員から国会職員への転職の場合をも包含するものと解するのが相当である。このことは、国会職員法第八条及び協議決定第三条の規定の文言からも了解できるし(右各条にいう「官吏」が国会職員以外の国家公務員を指すものであることについては、その規定自体から明らかである。)、また、支給要綱及び支給準則が国家公務員の退職手当に関する統一的基準の樹立という構想の下に制定された由来に照らせば、同一機関内における転職と他機関への転職とを別異に取扱わねばならぬ合理的根拠は見出し難い。

被告は、現行憲法下では国会職員が「官吏」でないことを理由に、支給準則第一条第二項本文の規定は、政府職員相互間の転職者にのみ適用され、政府職員から国会職員への転職者には適用されない旨主張する。現行憲法下にあつては、被告の主張するとおり(第三「被告の主張及び答弁」の二の1の(一)参照)、一般的に国会職員は「官吏」とはいえないが、支給要綱及び支給準則は旧憲法下に制定されたものであり(同法の下では、「官吏」とは立法、司法、行政のいずれにたずさわるとを問わず、国家の特別の選任行為により国家に対し忠実に無定量の勤務に服すべき公法上の義務を負う者を指した。)、現行憲法施行後退職手当についてはこれに関する法令が整備されるまで、便宜支給要綱及び支給準則をその準拠法令としていたものに過ぎないから(現行憲法下では、同準則制定当時の官吏、官吏の待遇を受ける者、雇員、傭員などの身分上の差別は撤廃され、官庁職員はひとしく国家公務員として扱われるに至つた)、支給要綱及び支給準則にいう「官吏」を現行憲法下の概念のみから考察することは相当でない。従つて、実質的考察なしに単に「官吏」の形式的概念のみでは、支給準則第一条第二項本文の他機関への転職者に対する適用を否定する合理的根拠とはなしがたい。

なお、被告は協議決定第三条は出向者を対象とした規定である旨主張する。「出向」とは職員としての身分を中断することなく、任命権者を異にする他の勤務庁の官職へ異動する場合を指すのであるが、右協議決定がかかる職員としての身分の中断がない場合と身分の中断はあるが退職の日又はその翌日に再び職員となつた場合とを区別し、前者をその対象としたものと解すべき根拠は見当らない。よつて、被告の右主張も採用できない。

3  被告は原告に支給準則第一条第二項本文の適用がない理由として、国会職員法第七条によれば、原告のような専門員ら特別の国会職員は一般の国会職員のように官吏(政府職員)との間で同等の条件で転職することが認められていないこと、従つて、同条に照応して設けられた同法第八条、協議決定第三条は原告のような官吏から特別の国会職員への転職者には適用がない旨を主張する。しかし、国会職員法第七条は、「各議院事務局の事務総長、常任委員会専門員、各議院法制局の法制局長並びに国立国会図書館の館長及び副館長を除く国会職員又は官吏は、それぞれの資格に応じて、同等の条件を以て、官吏又は国会職員にその身分を転ずることができる。」旨規定しており、同条末尾の「官吏又は国会職員」の「国会職員」にはなんら限定的修辞はふせられていないから、これを「一般の国会職員」に限定して解釈せねばならぬ理由はない。同条は、一般の国会職員は官吏(政府職員)に、官吏(前同)は国会職員(一般たると特別たるとを問わない)に「それぞれの資格に応じて同等の条件」で転職できることを定めたものであり、国会職員法第八条及び協議決定第三条は後者、すなわち「政府職員から国会職員への転職」のすべての場合に適用されるものと解せられるのである。しかして、右各法条が右のような転職の場合にも支給準則第一条第二項本文が適用されることを前提としたものと解せられることは前記のとおりである。よつて、この点に関する被告の主張は採用することはできない。

五  次に被告は、本件第一次退職手当金支給には重大且つ明白な瑕疵がないから、仮りに違法であつても有効であり、かかる場合はこれを法令の規定による退職手当金の支給と認むべきであると主張する。

しかし、公務員に対する退職手当の支給は、必ずしも単純な事実行為とは断じ得ないけれども、俸給等一般給与の支払と同様、一定の準則(本件の場合、前記支給準則)に基き既に公務員との間に成立している公法上の債権債務関係について行われる一種の決済行為であつて、債権債務成立の原因関係を別にすれば、私法上の原因関係にもとずく金銭債務の履行と、その本質において何ら異るところはないのであるから、準則上支給すべきでない場合になされた支給は、たとえこれを行政行為と解するにしても、常に無効と認めるのが相当である。それ故、「瑕疵が重大且つ明白でないかぎり支給は一応有効であり、ひいてはこれを適法な支配と同視すべきである。」というに帰する被告の主張は、採用し難い。

六  以上のとおり、原告に対する第一次退職手当の支給は支給準則第一条第二項本文に違反し、適法とはいいがたいから、原告の第二次退職手当算出に当つて、法附則第一〇項、令附則第一四ないし第一六項を適用すべきではない。従つて、原告の退職手当は、法附則第四項により、勤続期間につき従前の例とされる国会職員法第八条、協議決定第三条に従い(その間の法令の変遷については、別紙参照)、会計検査院及び衆議院の在職期間を通算し(その期間が三九年一一箇月であることについては当事者間に争いがない。)、退職手当法第五、第六及び第七条により、第二次退職当時の給与月額金一〇万九六〇〇円(この金額は当事者間に争いがない。)に基いて算出すると、金六五七万六〇〇〇円となる。しかして、原告が第二次退職の際、退職手当として金三一八万三八八〇円の支給を受けたことは当事者間に争いがないから、原告は被告に対しその差額金三三九万二一二〇円及びこれに対する第二次退職の翌日である昭和三七年四月一日から完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。

七  よつて、右差額金の一部である金一〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川添利起 園部秀信 松野嘉貞)

(別紙)

(国会職員の勤続年限に関する法令の変遷)(支給準則第八条第二号、第一条第二項についても同様である。)

一 (原告の第一次退職当時から昭和二四年五月一〇日まで)本文「理由」三の1の(三)記載のとおり。

二 (昭和二四年五月一一日から昭和二五年三月三一日まで)昭和二四年五月一一日以降前記「政府職員に対する退職手当停止に関する政令」により、支給要綱及び支給準則による退職手当の支給は停止され、「昭和二四年度総合均衡予算の実施に伴う退職手当の臨時措置に関する政令」(昭和二四、七、一一ポツダム政令第二六四号)により、右期間国家公務員等に対し退職手当を支給し(同政令第二条)、ただ、同政令に矛盾又は牴触しない限度で従前の法令が適用されることとなつた(同政令第一条第二項)。しかして、政府職員から国会職員への転職者の在職期間通算に関する協議決定第三条(及びその根拠規定である国会職員法第八条)は同政令に矛盾又は牴触しないと解されるから、従前の勤続期間に関しては、同条によるものと解せられる。

三 (昭和二五年四月一日から昭和二五年五月三日まで)右期間の退職手当については、「昭和二四年度及び昭和二五年度総合均衡予算の実施に伴う退職手当の臨時措置に関する政令」(昭和二五、四、一三ポツダム政令第七九号)によることとなつたが、同政令は前記一の政令を右期間にも有効ならしめたもので、内容も同じである。従つて、前同様この期間も、従前の勤続期間に関しては、協議決定第三条によるものと解せられる。

四 (昭和二五年五月四日から昭和二八年七月三一日まで)右期間の退職手当については、「国家公務員等に対する退職手当の臨時措置に関する法律」(昭和二五、五、四法律第一四二号)によることとなつたが、その内容は前記一の政令とほとんど変らない。もつとも、同法には同政令第一条第二項に相当する規定は存しないが、協議決定第三条に相当する規定がなく、同条が同法に矛盾又は牴触するものとは解せられない。従つて、右期間も従前の勤続期間に関しては協議決定第三条によるものと解せられる。

五 (昭和二八年八月一日から現在まで)右期間の退職手当については、「国家公務員等退職手当暫定措置法」(昭和二八、八、八法律第一二八号)及びその改正法律である「国家公務員等退職手当法」(昭和三四、五、一四法律第一六四号)によることとなつたが、右両法附則第四項により、昭和二八年七月三一日に在職する職員の同日以前の勤続年限については、従前の例、すなわち協議決定第三条によることとされた。

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